hue and cry

Tamas Wells Japan Tour 2010 後記(後編:12/5東京)

12/5早朝の京都。ぼくだけ御所近くにあるいとこの家に泊まっていたため、30分ぐらいかけてゆっくりと彼らが泊まるホテルまで歩きました。

烏丸通を南へ。しばらく歩くと2008年のツアーで使わせてもらったFlowingの前を通り過ぎたため、いろんな思いが交錯して変な気分になるも、気がかりだったのはタマスたちのコンディション。最終日なのでなんとか乗り切って欲しいな、と。

ホテルの場所を間違えてうろうろしているとタマスたちが前から歩いてきました。どうやら近くのお寺まで散歩に行っていたらしい。しかも、7時半起床で。なんだ、みんな元気じゃないですか。そうか、やっぱりお好み焼きのおかげか、と改めて食べ物の力を思い知りました。

昼間はわりと暖かかったのですが、早朝の寒さはなかなかのもの。ぼくはコートにマフラーに手袋と、完璧な防寒をしながらも寒いと感じていたのに、タマスはシャツだけ。そのときはまだ彼の体調が心配だったので、「だいじょうぶ?寒くないの?」って訊くと、「いつも暑いなかにいるから、この寒さを楽しんでいるんだよ」という返答。いい兆候です。この調子ならきっと最終日もだいじょうぶでしょう。

「きょうのライヴはきのうよりもよくなると思うよ」
「ベター?ベストのまちがいでしょ?」
「そうだね(笑)」

京都駅ではライヴに来てくれたあるお客さんとの思いがけない再会があったり、アンソニーが行方不明になったり、八つ橋以外のおみやげを探したり、乗り場を間違えたり。とにかくいろいろあって新幹線に乗り遅れそうになったもののなんとか滑り込むことができました。ごめんね、ダメなマネージャーで。

最終日の会場としてぼくが選んだのは永福町にあるsonorium。青木淳意匠設計による小さな室内楽コンサート・ホール。音響はとことんこだわり抜かれ、雰囲気も抜群。最初に下見をしたのは確か8月の終わりでとても暑かったことを覚えていますが、このホールのなかに足を踏み入れたときのひんやりとした静寂にはとても感動しました。

「最初のツアーでの自由学園明日館のホールみたいに、小さな会場で親密な雰囲気のなか、お客さんのできるだけ近くで演奏したい」というタマスのリクエストへの回答がこの会場でした。

サウンドチェックのあいだ、これまで演奏しなかった曲を練習したりと、セッティングでそれどころではないのに、ぼくの心は躍っていました。しかも、まったく見知らぬ曲を歌うタマス!「新曲だよ。新しい曲を書きはじめてるんだ」と。

この日は初日の失敗を繰り返さないために、兄に前説を押し付けました。しかも3分前に。「コレとコレとコレは言ってね。あとはフリースタイルでいいから」という無茶ぶりながらも、なんとかこなしてくれた彼に感謝。ふだん本業のほうでトークショーの司会経験もあり、それなりに慣れていたのでしょうけどさすがにテンパったのか、名乗り忘れてましたね(笑)

例のよって映画上映のあと、キム・ビールズの演奏。これがめちゃくちゃよくなってて驚きました。最終日ということでモチベーションも高かったのでしょうけど、初日と同じ田口製作所 x flysoundのコンビにsonoriumという化学反応によってほんとうにすばらしいサウンドが生まれていました。この日も時間をオーバーしたキム。前のほうのお客様は知らなかったでしょうけど、入り口で、両腕で大きくバツを作っていたぼくに気づかれた方もいらっしゃるかもしれないですね(笑)

休憩をはさんで、壁には映像が映され、暗転。ぼくが撮影したヴィデオにはこの一部始終が映っていますが、ライトが消えて、みんなが静まり返る1-2分は説明しがたいですが美しかったです。

廊下にはアコースティック・ギター片手のタマス。「さあ、時間だよ」。この日、世界でもっとも美しい夜のはじまりです。

まずはタマスのみがホールに登場。「マイ・ネーム・イズ・タマチャン」という京都でも飛び出たフレーズで会場を和ませて弾きはじめたのは「Stitch in Time」。今回のツアーでは初演奏。個人的にはとても意外なはじまり方でした。

「From Prying Plans into the Fire」を歌い終え、ピアノに座り、ゆっくりと話しはじめるタマス。

「たぶんみんな知ってると思うけど、最近、ミャンマーではアウン・サン・スー・チーが自宅軟禁から解放されたんだ。この曲は何年か前にミャンマーについて書いた曲なんだ。彼女が解放されたことはとても勇気を与えるできごとだけど、ミャンマーの平和はもっと道を誤っていっているように思う。ミャンマーにはよりたくさんの兵士や軍隊を整えることで平和を維持しようという基本的な考えがある。武力を増すことで平和でいられるってね。そう、だからそれはとても強いメンタリティーなんだけど、彼女が解放されたことは勇気づけられるし、もっとたくさんのものごとが必要だろうね。あの国の変化のために・・・」

そうして初めて披露されたピアノ弾き語りによる「Signs I Can’t Read」。最初の一音で鳥肌がたちました。スコットホールのベヒシュタインもいい音だったけど、sonoriumのスタインウェイの音は別格だったように思えます。彼が愛するミャンマーに捧げられたこの曲のリリックは、まるで記号の連なりのようで解読するのが難しいですが、「血のにじんだかさぶたのテープを剥がす」というラインがあるように、この曲は触れてはいけない生乾きの傷口に触れているような気持ちにさせます。

初日、2日目ともアンコールで演奏した「An Organisation For Occasions of Joy and Sorrow」を終えると、キムとアンソニーが登場し、「Fine, Don’t Follow a Tiny Boat For a Day」。ここからはこれまでと同じセットが続きます。

そうそう、ライヴ中、壁に投影された映像について。加工された写真がすこしずつ変化していく鮮やかな映像。これはアンソニーによる作品です。メルボルンで撮った写真や、タマスが描いた絵画、さらには前回のジャパン・ツアーでの写真も含まれており、よく見るとぼくの実家で撮られた写真もあったそうですが、ぼくは結局見つけることができませんでした。

静かなはじまりはキムとアンソニーが加わることでより和やかでリラックスした雰囲気に変わっていきました。きっかけはタマスのMCです。

「前回のツアーで岡山にいったとき、キビダンゴがお気に入りだったんだけど、昨夜、岡山から京都のライヴにわざわざ来てくれた人がなんとキビダンゴをくれたんだ!ぼくはすごくハッピーだったんだけど、なくしちゃったんだよね・・・たぶん、タクシーのなかに忘れちゃったんだろうね。ほんとうにがっかりしたよ。だから、ぼくはこんなふうに歩き回ったんだ・・・”キビダンゴ、ドコデスカ?”(日本語で)って」

タマスが間違えずに日本語を話せたのは驚きました(ぼくが教えたわけじゃないですよ)。「キビダンゴ、ドコデスカ」からそのまま「When We Do Fail Abigail」に入ったときは感動すらしたしましたよ。ひとが無意識に作っている心の防御をその親密さでもってそっと解かせる魅力が彼にはあると思いますが、この小さな会場ではその力も倍増でした。

「songs about grace」と言って歌いはじめた「Your Hands into Mine」。ちょっと前のブログで「grace」について彼が話したインタビューを掲載していたので、それをぜひ読んでいただきたいと思います。ぼくはこの曲は2年前に生まれた娘や家族に捧げているんじゃないかと思っていたのですが、彼女たちに対する愛というよりももっと大きな意味での愛や慈しみについて歌っているんですね。「タマス・ウェルズ初めてのラヴ・ソング」と、プレスシートに書こうとしてやめたのですが、それも間違いではなかったかな、と。

さて、リラックスするのはいいのですが、リラックスしすぎたことで事件も起こってしまいました。「England Had a Queen」のときに、アンソニーがピアノが入る箇所を間違ってしまい、うまくごまかせたと思っていたら、タマスとキムがニヤニヤしながら歌っています。彼らが平常心を保てていたら、きっとごまかせたはずなのに・・・。曲が終わるとタマスがアンソニーを殴るマネをして会場を沸かすと、「笑わずに歌うの大変だったよ!!」とキム。

恥ずかしそうにするアンソニーが「次はなんだっけ?」と尋ねると、これだよ、とわざと間違えて弾いてみせるタマス。そして、演奏しはじめた「Vendredi」。しかし、最初のヴァースでタマスが吹き出してしまうというハプニング。すさかずアンソニーが即興でピアノを弾いて、またしても場内大爆笑・・・ライヴ・レコーディングしていたぼくはあわよくばライヴ盤のリリースとかできちゃうんじゃないの?って途中まで企んでいたわけですが、このハプニングによって、その企みは砕け散ったのでした・・・。

なんとか立て直してニュー・アルバムのシングル「The Crime at Edmond Lake」、アンソニーのピアノ・ソロの「Melon Street Book Club」(初披露!)〜「A Dark Horse Will Either Run First or Last」。これらのインスト曲はクレジットではタマス・ウェルズ作曲ってことになっていますが、実はアンソニー・フランシス作とのこと。バンドとしての”タマス・ウェルズ”作曲ってことらしいけど、なんという適当さでしょう。著作権管理団体にももちろんタマス・ウェルズ作曲って登録になっていますよ(笑)

そして、「Valder Fields」〜「Writers from Nepean News」でクライマックスを迎え、本編ラストは「I’m Sorry That the Kitchen Is on Fire」。「次の曲は・・・」といきなり歌いはじめたタマス。「・・・で、みんなのパートなんだけど」と、サビの「Friday」のコーラスの練習。「京都のほうがよかったよ!」とウソまでついて観客をあおる。

「オッケー?準備はいいかい?」

こういうのたぶん日本人の苦手とするパターンだと思うのですが(ぼくは苦手)、うまくいっていたんじゃないかと思います。少なくとも、あの場所にいたみなさまは、今後この曲を聴いたとき、心のなかで「Friday」と一緒に歌うでしょうから。

アンコールは2曲。まずはついに披露した「Fire Balloons」。ライヴ前に上映した『the houses there wear verandahs out of shyness』とつながっていきます。ほんとうはこの曲の前にまず「Grace and Seraphim」の予定だったのですが、残念ながら時間が足りませんでした・・・。「Grace and Seraphim」〜「Fire Balloons」の流れは映画の流れを辿るものになっていたので、より完璧だったのですが、まあ、しかたないですね。

ぼくが「Fire Balloons」を聴いたのはその映画での演奏が最初でした。いろいろな妨害に合いながらもこの曲のレコーディングを進めていくシーン。未完ではありながらも、ぼくはあの「Valder Fields」を越える名曲ができるかもしれない、と胸高まらせたのです。

その後、完成したヴァージョンはみなさんが聴かれたとおり。タマスとアンソニーのふたりで演奏された生「Fire Balloons」は、いよいよ訪れた”最後”の予感とともに聴いたせいか、ほんとうに格別でしたが、ぼくはあのときの気持ちを説明することばを持っていません。ありとあらゆることばもふさわしくないと感じた、まさにぼくの人生のクライマックス。ぼくはこれから余生をすごしていくのです。

いよいよお別れのときです。

「ほんとうにありがとう。とても楽しかったよ・・・キビダンゴはまだ見つかってないけどね」とタマスが言うと、すさかずアンソニーが「ぼくが食べちゃったよ!」と返す、長年培ってきた見事な連携でみんな爆笑。そのまま最後は「For the Aperture」とともに、楽しく笑顔で終了。

たられば、になりますが、もし時間があれば、「Broken by the Rise」も準備していたのですが、まあ、それはまた今度。

退出が時間厳守だったため、余韻に浸る間もないまま、大慌てで撤収作業。知り合いもたくさん来ていたし、初めての邂逅を期待していた方も何人もいたのに、ろくにあいさつすらできなかったのは心残りでした。アーティストのケアなんてまったくできていなかったので実際どうかはわかりませんが、終演後、タマスたちもきっとみなさんといろいろお話しして楽しい時間を過ごせていたんじゃないかと。

たとえば、「○○を知らないなんて、人生の半分を損している」っていうような言い回しをよく見ます。ぼくはエビが食べれないので、そういうことをこれまで70回くらい言われてきてうんざりしてて、こういった言い回しが嫌いなんですが、傲慢なのは承知のうえで、「今回のタマスのライヴを観なかったなんて、確実に人生の半分を損しているね!」なんてことまではやっぱり言いません。言いませんが、少なくとも、12/5にsonoriumに集まった100人弱の方々にとっては、なにものにも代え難い、むしろ代えることなんてできない、宝物のような時間を過ごしたと感じてもらえたという自信はあります。ぼくは普段は自信の持てない男なのですが、ことタマス・ウェルズに関してだけはすこし傲慢になれるようです。

タマス・ウェルズ自身も、この夜がいままで行ってきたなかでもベストのライヴだったと言ってくれたので、なおさらあの場を作ることができてほんとうに誇りに思います。いや、作る、ということばはふさわしくないですね。用意したのはぼくらですが、作り上げたのはタマスやキムやアンソニーであり、観客のみなさんだったから。

ほんとうにありがとうございました。

タマスはその後、ヤンゴンに一度戻ったあと、4ヶ月間の休暇をとってオーストラリアに戻りました。きっとオーストラリアでライヴもするでしょうし、新しい曲も書き進めていくことでしょう。アンソニーとのエクスペリメンタル・プロジェクトなんて予定もあるみたいですよ(「アンソニーは自分自身のプロジェクトだと思ってるみたいだけどね!」と、タマス)。

次会えるのはいつでしょうね?今回、ぼくは彼の支えになっていく覚悟のようなものができました。古来から才能のある芸術家にはパトロンの存在が欠かせません。ぼくはお金はないですが(苦笑)、心でもって彼を支えていきたい。

この後記は幸せだった日々の記憶を文章にすることで区切りをつけるという意味があったのですが、こうして終わりが見えてくると、なんだか書き終えるのがとてもさびしいです。けど、次に進むために。これでTamas Wells Japan Tour 2010の後記は最後です。長くて申し訳ないです。もし、最後まで読んでくれた方がいらっしゃたら、ありがとうございました。タマス的には言うなら、「You’re too kind」です。

また会いましょう。



※写真はすべて三田村亮さんにお借りしました。


set list 2010.12.05 @ 永福町 sonorium

1. Stitch in Time
2. From Prying Plans into the Fire
3. Signs I Can’t Read
4. An Organisation For Occasions of Joy and Sorrow
5. Fine, Don’t Follow a Tiny Boat For a Day
6. When We Do Fail Abigail
7. The Opportunity Fair
8. Reduced to Clear
9. Open the Blinds
10. Lichen and Bees
11. True Believers
12. Your Hands into Mine
13. England Had a Queen
14. Vendredi
15. The Crime at Edmond Lake
16. Melon Street Book Club
17. A Dark Horse Will Either Run First or Last
18. Valder Fields
19. Writers from Nepean News
20. I’m Sorry That the Kitchen Is on Fire

[encore]
1. Fire Balloons
2. For the Aperture


Tamas Wells – Signs I Can’t Read (live at sonorium)


Tamas Wells – Fire Balloons (live at sonorium)


Tamas Wells – I’m Sorry That the Kitchen Is on Fire (live at sonorium)

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