インドネシアの男女アコースティック・ポップ・デュオ、マルコマルシェのセカンド・アルバム。2本のアコースティック・ギターのアンサンブルを中心にした心地よいバンド・サウンド、男女ヴォーカルの瑞々しいハーモニー、親しみやすいメロディー・ラインはまさにエヴァーグリーン!

【日本盤ライナーノーツを公開中!当ページ下をご覧ください】

透明感のある女性Chintana Ayukinantiと、マイルドで繊細さを失わない男性Duta Pamungkas、息のあった2人の歌声が織りなすハーモニーは、キングス・オブ・コンビニエンスを思わせる淡い情感と優しさを感じさせます。ヴァラエティに富んだ曲調で構成され、雨音や鳥の声などのSEを効果的に曲間に挿入しドリーミーな世界観を描き出します。
2015年に発売されここ日本でも多くのファンを獲得したデビュー・アルバム『WARM HOUSE』に続いて、マルコマルシェのアコースティック・ポップスの良作が、日本盤限定のボーナス・トラック⑩を加えてリリース!
 
 
<収録曲>
 01. Down The Valley
 02. Compass
 03. Puisi Pagi
 04. Alien Without Glasses
 05. Kelabu
 06. Mr. Moon
 07. The Upside Down World
 08. Lime Time Blues
 09. Javana
 10. Eternal Vagabond (Demo) ※日本盤CD限定ボーナストラック
 
 

 
 

マルコマルシェ 『ダウン・ザ・ヴァレー』 公開ライナーノーツ

執筆:河津継人(Afterglow)

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本作『ダウン・ザ・ヴァレー』は、インドネシアのアコースティック・ポップ・デュオ、マルコマルシェのセカンド・アルバムである。本国でのオリジナルリリースは2018年2月。2年半以上の時間を経て、『ウォーム・ハウス』に続きこうして日本盤CDになったのには、ひとつのきっかけがある。2020年になり、『ウォーム・ハウス』の日本盤のリリース元であるインパートメントに対して、マルコマルシェのファンの方から『ダウン・ザ・ヴァレー』の発売を求める声があったのだ。
2015年、マルコマルシェの存在に気づき、その魅力に取り憑かれた私と妻は、彼らを日本に紹介したいという思いから、『ウォーム・ハウス』の日本国内盤リリースに僅かながら尽力させて頂いた。あれから5年が経ったが、今でもラジオやカフェのBGM等で時折そのアルバムの曲が流れることがある。彼らの音楽に対して、一過的に消費されるよりも末長く浸透していくことを望んでいただけに、年月が経っても忘れられたり飽きられたりすることなくリスナーに親しまれ、さらにはファンの方から続作のリリースに対するリクエストがあったことを大変嬉しく思っている。
 
 
マルコマルシェは2013年にDuta PamungkasとAsterina Anggrainiの男女二人で結成され、先述のアルバム『ウォーム・ハウス』を制作した。しかしその後ほどなくして、Asterinaの脱退により二人はコンビを解消。Dutaはソロ活動を開始し、彼の個人レーベルから2016年にソロアルバム『Eschatological Friends』をリリースした。この時点でマルコマルシェは消滅したと私は思っていたのだが、実際はそうではなかった。2017年、Dutaは新たな相方となったChintana Ayukinantiと共に、グループを再始動させた。そして翌2018年に本作『ダウン・ザ・ヴァレー』を発表。つまりこの第二作目は、DutaとChintanaの男女二人による《新生マルコマルシェ》のアルバムなのである。
 
 
デビュー作『ウォーム・ハウス』は、メジャー7thを効果的に用いた洒落たコード進行や作品全体に宿るひんやりとした空気感、そしてそのフォーク・デュオというフォーマットなどから、ノルウェーのキングス・オブ・コンヴィニエンスが引き合いに出されるとことが多かった。私もそう評価していたし、マルコマルシェ自身も彼らの楽曲をカバーするなど、その影響をオープンにしていた。しかしこのセカンド・アルバムはどうだろう。彼らの特徴ともいえる北欧テイストのアコースティックサウンドや、アレンジ面における洗練された「引きの美学」はもちろん窺えるものの、決してそれだけに留まっていない。ファンが求める音楽的クオリティーを維持しつつ、新たなサウンド面でのチャレンジも加わり、明確なテーマが添えられている。それらは結果的にマルコマルシェの進化と捉えることができ、そして彼らが表出するオリジナリティーとして昇華していることを実感できるのだ。
 
 
本作におけるソングライティングやアレンジは、基本的にこれまでのアコースティックポップ路線が継承されている。リードシングルとなった「Puisi Pagi」や「Alien Without Glasses」に代表される、繊細なアルペジオを基調とした二人の腕のあるギタープレイ、親しみやすいメロディーライン、端正なハーモニーワーク。マルコマルシェのトレードマークともいえるこうしたエッセンスはこのアルバムでも健在だ。「Mr. Moon」や「The Upside Down World」といった爽快なバンドサウンドの曲もあれば、「Lime Time Blues」という渋いブルースも収められている。曲調やアレンジで言えば『ウォーム・ハウス』を凌ぐ多彩さがある。
一方、前作を聴いている方なら同意して頂けると思うが、『ウォーム・ハウス』と比べると作品全体が一際静寂さを帯びているように感じられる。シンプル、ソフト、クワイエット、インティメイト。そんな言葉で形容したくなる一枚である。そのことをソングライターであるDutaに伝えると、彼はこう語った。「僕は曲作りの過程で、自分の過去・現在・未来について思い巡らせながら、自身を見つめ直し、自己との対話をしています。この作品から静けさや親密さを感じるのはそのためかもしれません」。その思慮深い言葉を裏付けるように、彼が手掛ける音楽はさらに深化を遂げることになる。2020年、Dutaはソロアルバム『Pardes』をリリース。そこでは、より深遠で静謐な世界観が描かれている。『ダウン・ザ・ヴァレー』と『Pardes』は、喩えるならレコードのA面とB面のような密接な関係にあるといえるので、合わせてお聴き頂けると幸いである。
なお『ダウン・ザ・ヴァレー』本編の後には、CDのボーナストラックとして「Eternal Vagabond」が収められている。聴く者の心の平穏をもたらしてくれるような静かな歌で、現時点でのマルコマルシェの最新曲であるが、彼らの音楽性の変化や今後の行先も垣間見える一曲である。
 
 
『ダウン・ザ・ヴァレー』にはどんな美学が宿り、どんな思いが込められているのか。どのように本作の着想を得たのか。Dutaに尋ねると彼はこんな風に答えてくれた。「自然からインスピレーションを受けて作りました。加えてすべての事物は己を象徴するものであり、人生という旅に影響を与えていると考えています。その思いを私はChintanaと共有し、互いに議論を重ねました」。例えばジャケットに描かれたのどかな風景画や、“谷を降りて”というアルバムタイトル、あるいは曲名や歌詞の端々に登場する“木”、“月”、“コンパス”、“光”といった象徴的なキーワード。冒頭の表題曲や本編最後の「Jabana」などからは鳥のさえずりも聴こえてくる。そう、本作は《自然や環境との調和》が作品全体に通底するテーマになっているのである。
さらに彼らは、そのコンセプトを音質面でも実践している。実は本作『ダウン・ザ・ヴァレー』では使用楽器に対して通常と幾分異なるチューニングが施されている。ギターやピアノなどの音階がある楽器のチューニングをする際、ラの音(ギターの場合、5弦の開放弦A)の周波数を440Hzとして調律することが一般的なのだが、彼らの場合、基準となるAのピッチに432Hzを採用している。この「A=432Hz」では通常より音のテンションが若干弱まるため、比較すると和音の響きも少し柔らかく聴こえる(そのため「A=432Hz」のチューニングには癒しの効果があるのではという人もいる)。もちろん音楽の味わい方は人それぞれであるから、この調律が何か特殊なマジックとして効果や効能を発揮しているなどと断言するつもりはないが、全体的に角が取れたマイルドな音質に仕上がっているので、日常空間に優しく溶け込むような質感の作品と言えるのではないだろうか。ナチュラルな音響が心地良く、個人的にはヘッドホンやイヤホンよりもサラウンドの効いたスピーカーのほうが相性が良いとも感じた。
 
 
このアルバムから新たに加わった女性Chintanaについても紹介しておこう。Dutaと彼女はある時、とあるライブ会場で知り合ったのだそうだ。何度かのセッションを経て二人は意気投合し、晴れて正式メンバーとなった。彼女もまたソングライターであり、楽器の腕も申し分ない。歌声は前任者Asterinaより幾分落ち着きある印象だ。またChintanaは絵を描くのも得意で、今作のCDブックレットのアートワークも彼女が手掛けている。『ダウン・ザ・ヴァレー』の世界観とリンクしたヴィジュアルデザインになっているので、合わせてぜひご覧いただきたい。ちなみにDutaによると、元相方であるAsterinaとの関係は現在も良好で、時折連絡を取り合っているという。彼女はマルコマルシェ脱退後、結婚して子供も産まれた。今もジャカルタで音楽を続けており、最近になって新しくバンドを始めたのだそうだ。
 
 
昨今盛り上がりを見せる東南アジアの新しい音楽シーンにおいて、その先陣を切るように颯爽と登場したマルコマルシェ。だが彼らのここまでの足跡は決して順風満帆だったとは言えない。メンバー脱退の時点で、違う名義で再出発する選択肢もあっただろう。それでもマルコマルシェは前進することを選んだ。そしてこの解説文で引用したDutaの言葉からも窺えるように、彼らは今もなお何かを模索しているように感じられる。ボーナストラックのタイトル「Eternal Vagabond」とは、《永遠のさすらい人》のことだ。しかし彼らのこの姿勢、この感覚はおそらく間違っていない。これまでのやり方も常識も通用せず、曖昧で、どうにでも変動しうる答えのない時代、いわば彼らが「The Upside Down World」と歌う《逆さまの世界》の中で、二人がもがきながらもポジティヴに前を見つめる姿は、私には逞しく、美しく映る。この谷を下った先に、皆さんはどんな景色を目にするだろうか?
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