宙を舞うように自由に羽ばたくヴィブラフォン。
大絶讃された前作に続きヴィブラフォンの可能性を最大限まで引き出し
相反するイメージを繋げて完成させた一つの物語。

新作『ブック・オブ・ライフ』においてもこれまでと同様、ヴィブラフォンという比較的歴史が浅くオーケストラやジャズの世界ではどちらかというと影の薄い楽器にスポットをあて新たなサウンドを探求している。ドラマーとしての経歴を持つ藤田は、ヴィブラフォンに転向後、鍵盤の上にアルミホイルやビーズをのせるなど実験的なアプローチを模索し始める。新アルバムの一曲である“フォグ”ではチェロの弓とマレットを組み合わせて演奏し、表題曲“ブック・オブ・ライフ”ではマレットの柄の部分を使って演奏し独特な質感を表現するなど様々な手法を試みている。こういった特殊な奏法を取り入れつつヴィブラフォンという楽器にフォーカスする藤田の姿勢が、彼の存在を際立たせている。そして、魅惑的でありながらもこれまで見過ごされがちであったこの楽器にアーティスト人生を捧げる彼の探求精神そのものが、そのアンビエントで現代的な作曲スタイルを唯一無二のものにしている。

「ヴィブラフォンには、今まで聞かれたことのないもっと魅力的で興味深い音を奏でる事ができると思っています。比較的新しい楽器であるせいもあって、いつでもわりと似たような演奏をされることが多いように僕には見えます。この素晴らしい響きを持った楽器でまだまだ探求することは沢山あると感じています。」

『ブック・オブ・ライフ』では、ストリングスやフルート、そしてヴィブラフォンを包み込む
様なコーラスなど、よりオーケストラ的な要素を取り込む事で彼の作曲家としての懐を拡げている。今作に起用されているコーラスグループは、いわゆる通常のコーラス隊ではなく、友人でありレーベルメイトでもあるピーター・ブロデリック、ハチスノイト、デヴィッド・オールレッド、そしてニルス・フラームの最新アルバム『オール・メロディー』にも参加していたコーラスグループシャーズのメンバー等で構成されている。それぞれの楽器は藤田が語る物語に登場するキャラクターやイメージを想起させ、アルバムのブックレットにも記載されている楽曲ごとに添えられた文章(ライブ演奏の際は彼が冒頭に朗読する)が聴き手の中に映像を浮かび上がらせる。例えば、「“Misty Avalanche”のコーラスは吹雪の精の声、ヴィブラフォンはその中を空高く舞う鳥のイメージ」と藤田が説明する様に、それぞれの楽曲にはそれぞれの物語や情景が存在する。

その中で表題曲“ブック・オブ・ライフ”は他の曲とは少し異質だ。「“ブック・オブ・ライフ”は他の曲とは少し変わっています。他の曲はだいたい自然や動物をテーマにしていることが多いですが、この曲は人間についての曲なんです。また、基本的に僕の曲は始めから終わりまできっちり作曲されていることがほとんどですが、この曲は即興曲として作られています。この曲だけは演奏内容が比較的自由です。元々この曲は、かすかな音や雑音の様な音を多く使って曲を作りたいと思って作り始めました。そうした試みの中で、チェロの弓の後ろで字を書くようにヴィブラフォンのバーを擦った音が本をイメージさせ、ちょうどその頃大切な友人が結婚したことなどが繋がって、“生まれ、出会い、人生を共にする二人の人間とその人生”というイメージが“ブック・オブ・ライフ”というタイトルとストーリーになりました。」

リズミカルなリードシングル“イッツ・マジカル”では、藤田曰く「飛行機が発明される以前、鳥のように飛ぼうとして人工の羽を腕に付けた人のように」ヴィブラフォンの延長としてフルートと二台のチェロが起用されている。実はこの曲には“Spaceship Magical”と名付けられた別のバージョンがあり、Erased Tapesの10周年を記念したボックスセット『1+1=X』に収録されている。「僕の大半の曲と同じように、“イッツ・マジカル”は、気になった一つの短いフレーズを何度も繰り返し演奏することから曲になってきました。でもある時、全く異なる二つのアレンジを思いついたんです。一つはオーケストラのアレンジで作られたアコースティックな楽曲、もう一つはエレクトリックなベースと歪んだギターが入ったものでした。どうしようか迷っていた時に、ちょうどレーベルオーナーのロバートからコラボレーションの話があってこれだと思い、後者のバージョンをコンピレーション用に作りました。」

昨年再発され大きく再評価されたミニマリスト/作曲家の高田みどりによる『Through The Looking Glass』のパーカッシブなアンビエント作品や、藤田の物語性のあるサウンドスケープとも共通する部分を持つ映像的な作曲家坂本龍一のカムバック作などに続く格好のタイミングで藤田の新作はリリースされる。この日本の音楽と文化のルネッサンスを裏付けるように、BBC Radio 3は最近のNight Blossoms(BBCによるプログラム)の一シーズンをErased Tapesのハチスノイトなどを含む新たなエクスペリメンタル・アーティストの紹介に力を注いでいる

藤田は過去にEl Fog名義でも二枚のアルバムをリリースしているが、そこでは主に緻密に構成された電子音に対する脇役のような形でヴィブラフォンは使われている。その楽器と同様、時としてかれはフロントマンというよりはコラボレーターとして、共感できる素晴らしい才能を持ったアーティストとの多様な共同制作を行っている。最も多くのコラボレーションを行っているのがドイツの革新的プロデューサー ヤン・イェリネックである。最新作『Schaum』で提示された二人の対話は、藤田のヴィブラフォンとイェリネックの紡ぎ出すループの境界を曖昧にしている。その他注目すべき共同作品として、BBC Radio 3の“Late Junction”の企画で英エレクトロニックアーティスト ガイ・アンドリューズとの即興によるセッションを収録した実験的な作品”Needle Six”がある。聴くものを魅了してその世界に引き込むこの30分の楽曲は、2016年のレコード・ストア・デイにリリースされた。また、彼のレーベルメイトであり友人でベルリン在住のニルス・フラームが『ストーリーズ』のマスタリングを担当したことは、このアルバムが今Erased Tapesから再発されるということに一つの意味と趣を付け加えている。

 

Track list :
1.Snowy Night Tale
2.Fog
3.It’s Magical
4.Old Automaton
5.Book of Life
6.Harp
7.Mountain Deer
8.Sadness
9.Misty Avalanche
10.Cloud of Light