2022年5月15日、ワールドスタンダード/鈴木惣一朗にとってキャリア初となる弾き語りコンサートが、岡山市の蔭凉寺で開催されました。
デビュー当時から編成が大人数のため、東京以外で演奏することは難しかったワールドスタンダードの音楽を、ひとりで演奏する――鈴木惣一朗が、「37年の音楽人生で、こんなことが起こるなんて思ってもいなかった」と語ったイベント『音楽は甘く苦く』のことを綴りました。

 


 

『岡山へ、希望へ』
 
 
●東京から岡山へ飛行機でわずか1時間、前日は緊張で眠れなかったためシートに身を沈めた瞬間には着いていた。結成して30数年、ワールドスタンダードとしてのライヴの機会は幾度かあったが、ひとり/弾き語りスタイルでパフォーマンスするのは初めてのこと。これもそれもコロナ禍だからこその貴重な経験なんだとひとり頷く。
 
●まだ渦中だが、この2年半を少し振り返ると――人には会えないのだからと――手短な娯楽などで時間潰しをする気にもなれず、ぼくの思考性は生真面目な音楽作りへと向かった。ギターを抱え、歌のことばかり考え始める日々。それらは『色彩音楽』『エデン』『アルカディア』という2枚半のアルバムにまとめられたが、渋谷WWWでのたった1回のライヴにも3ヶ月をかけた。練習スタジオのブースは狭く、フルメンバーでのリハーサルは健康リスクも大きかったから、少しづつ。毎回、各パートごとのリハーサルに切り替えた。少しづつ少しづつ…全体リハーサルは2度ほどに留めた。
 
●そんな時いつも考えていた。命のこと、安全のこと。それらを考えると今は<停滞>が望ましいのだろう。
一時、状況が改善してもすぐに不安材料が押し寄せるのだから。そんな空しさのルーティンにも慣れてしまったけれども、その戸惑いばかりでは<今>という時間がなくなってしまう。わずか2本のライヴだ。音楽仲間たちが「O.K.」ならば、やはり一緒に演奏したいと思った。聴衆と共有したいと思った。2022年の春、ぼくは久しぶりのライヴ・パフォーマンスに集中することにした。
 
●岡山のことに戻ろう。今回、テスト・ヴァージョンではあったが、ライヴ(40分)とトーク(90分)という2部制イベントにすることとして『音楽は甘く苦く』というタイトルが付けられた。
 


 

@岡山・蔭凉寺/2022年5月15日。
夕刻、6時開演――
 
○第1部(ライヴ/演奏曲)
1.「夕なぎ」2.「月は甘く苦く」3.「マロニエ」4.「ナガレユクモノ」5.「ひとしきりの哀しみ」6.「雪と花の子守唄」7.「ステラ」
 
○第2部(トーク)
テーマは「ビター・スウィート・ミュージック」の薦め~話題のASMRも含め、ディスタンスを強いられるコロナ禍でのリスナーの心境、送り手の考え方など。
参加者:岡本方和さん(moderado music)、黒田秀徳さん(orab record)、稲葉昌太くん(インパートメント)

 


 

●会場となった蔭凉寺~住職・篠原真祐さんの――音響への――感染への――徹底的なトリートメント及び対策、素晴らしい音響は今もこころに響いている。今まで色々な人に会ってきたけれど、篠原さんのような人がこの世にいるんですね。蔭凉寺はまた訪れたいところです。
 
●終演後はレストラン「パダン・パダン」で打ち上げ。打ち上げなんて本当に久しぶりだった。サプライズでバースデイ・ケーキを頂く。オーナーがかけてくれたマノス・ハジタキスの音楽、若き音楽家・藤田正嘉くんとの出会いは嬉しかった。
 
●振り返ればすべてが贅沢な試み、すべてが最高の営みだった。
 
●5月31日に、東京でのフル・バンド編成の実況録音盤『UTAU KANADERU』(@東京・渋谷WWW /2022年4月14日)がリリースされます。
当初はこの日の録音をアルバム化する予定はなかった。けれどもその記録を聴いてみて純粋に驚き、ディレクターに直談判した――録音から発売までは1ヶ月ほど。ぼくとしては異例~最速のアルバム作りとなったが、静かな雨に包まれた渋谷WWWの響きには、いわゆる録音スタジオとは違う<美しい気配>があった。その<美しい気配>を、会場に来れなかった方々にもぜひ感じとって欲しい。
 
●『UTAU KANADERU』の作業をほぼ終えて、昨晩、久しぶりの映画『ショーシャンクの空に』(1994年)を観た。名優/モーガン・フリーマンのセリフが響く。この人はどんな映画でもいつもいい事いっぱい言うなぁ。
「希望はいいものだ。多分最高のものだ。素晴らしいものは決して滅びない」――希望のあるワールドスタンダードのアルバムが作りたいな、と思う。アルバムのジャケットの色は黄色がいいな、と思う。
 
ぼくのこころは再び動き始めたようだ。
 
(鈴木惣一朗)