<ワールドスタンダードで歌うことの機が熟した>

―― 『色彩音楽』は初めての歌ものになりましたが、そのつもりで制作をスタートしたのでしょうか。
 
「アルバムを作り始めた時は、どうなるかわからなかったんです。ただ、細野(晴臣)さんの『泰安洋行』にならって、タイトル曲はインストにしようとは思っていて。それでまず、武田吉晴君と〈色彩音楽〉という曲を作ってみたんです。彼の『ASPIRATION』というアルバムが素晴らしくて、何か一緒にやりたいと思っていたんですよね。アルバムにアジアン・テイストの曲を入れたかったので、インドネシアのスンダ地方の音楽を意識したんだけど、出来た曲をすごく気に入って、後は歌ものにしよう!と決めました。だから武田くんとの出会いは大きいですね」
 
 
―― もともと、惣一朗さんはシンガー・ソングライターの作品が好きで、曲にはパーソナルな雰囲気がありましたが、これまでワールドスタンダードで歌うことはありませんでした。なぜ、このタイミングで歌おうと決意されたのでしょうか。
 
「自分の声です。加齢によって自分の声が枯れてきた。ワールドスタンダードの音楽は(枯れた)アンサンブルでできているから、そこに声が馴染むかどうかが重要で、これまでは馴染まないと思っていたんです。でも、今の声ならワールドスタンダードのサウンドに入ると気持ち良いと思った。僕はもともとトム・ウェイツとかチップ・テイラーみたいな枯れた声が好きだったし」
 
 
―― ソギー・チェリオスで歌うことが多くなったことも影響ありますか?
 
「もちろん。最初に僕の歌を認めてくれたのは直枝くんだと思うし、〈惣一朗くんは最初から歌ってたよ〉って言ってくれた。でも、それは彼が僕のことをよく知ってるから、そんな風に言ってくれてるんだろうな、と思っていて。でも、(ソギー・チェリオスの)『III』を出した時に手応えがあったんです。直枝くんのようには歌えないけど、僕なりの歌い方ができるようになったんじゃないかって。ライヴでも反応良いし」
 
 
―― 機が熟したわけですね、歌うということは歌詞を書くということでもありますが、スムースに書けました?
 
「歌うんだったら、全曲日本語にしようと決めてたんです。それで〈色彩音楽〉を作った後に曲を作り出したら、溢れるように出来た。自分の今の心情をそのまま歌えば良いと思っていたから。老境に差し掛かった今、自分が感じていることをね」
 
 
―― 同じ歌詞の一節が違う曲に出てくるじゃないですか。そういう演出も面白いですね。
 
「今回は歌詞の一節をコラージュするように、別の曲にはめ込んだりしていて。だから、アルバムを最初から聴いていると記憶がフラッシュバックするんです。〈あれ、この歌詞聞いたことあるぞ〉って。同じ歌詞でも、違う曲の中で聞いたら見えてくる風景が違う。そういうことをやってみたかったんです。映画でもそういうことがあるでしょ? 映画を観ていて記憶がフラッシュバックする感じ」
 
 
―― あります。歌詞のコラージュは映画的な演出なんですね。サウンドに関しては、これまで通り生演奏を中心にしながら、シンセが隠し味になっています。
 
「シンセは基本、prophet-5。YMOがメインで使っていたシンセサイザーでもともと好きなんだけど、それをたっぷり入れようと思っていました。ストリングスをシンセで囲んでみたり、ポリフォニーのシンセをモノフォニーで入れてみたり。手間はかかるけど、一音ずつダビングで入れた方が絶対良い音が出来上がるからね。そういう工夫はこれまでもやってきたことけど、ピアノと弦のカルテットだけで作った耳鳴りのCD(『耳鳴りに悩んだ音楽家がつくったCDブック』に付属された『Music for Ringing』)とか、子守唄のアルバム(『みんなおやすみ』)とか。震災以降に作ってきた作品の積み重ねが、このアルバムには活かされていると思う」
 
 
―― 確かにワールドスタンダードの様々な音楽性がちりばめられていて、一見シンプルなようで、細やかに音が作り込まれていますね。例えばオープニング曲「物語の扉」のイントロ。アルバムの始まりを告げるヴィブラフォンの音ひとつとっても印象的です。
 
「あの音はすごく工夫していて。倍音が膨らんでいて変でしょ?」
 
 
―― 潤んだような響きですね。
 
「あれはヴィブラフォンだけじゃないんです。ヴィブラフォンとメロトロンとアップライトピアノのピアノの音を混ぜてる。そういう工夫をするのは得意だから(笑)」
 
 
―― 続く「世界の標準」では、曲の途中から風がヘッドフォンの当たっているみたいな音が入るじゃないですか。そういう映像的な演出も面白いですね。
 
「あれはEMSのシンセを使って出した音です。ヘッドフォンで音楽を聴きながら散歩していると、風があたってそういう音が聞こえる。最近、その風の音に機微を感じるようになったんです。青い空があって、そこに風が吹いている。当たり前のようなことって実は当たり前じゃないっていうことを、理屈ではなく皮膚感覚で気づくようになった。それは歳をとったせいでもあるし、やっぱりコロナの影響もあると思います」
 

 
 

―― エンディグ曲「遠い声 遠い部屋」にも同じ風音が入っていて、アルバムがひとつの円を結ぶような構成になっていますね。
 
「そう。ループして初めに戻る。年老いて子供に戻っていく人生と同じようにね。この曲は最後がアンビエントっぽくなって消えていくんだけど、アルバムを聴くというのはファンタジーを楽しむことでもあって、アルバムが終わったら現実に戻らなければいけない。その時はカットアウトじゃなく、フェイドアウトにしたかったんです」
 
 
―― 夢から覚めるみたいに、ゆっくりと現実に戻っていくわけですね。このアルバムでは、曲とアンビエントなサウンドスケープが溶け合っています。「最果て」では曲間で遠雷のようなサウンドをじっくり聞かせたり。「夢の月影」では曲の中間部に静寂が入ったり。曲の中でも別世界へのフェイドイン/アウトがある。
 
「静寂によって聴き手の関心を音楽からそらしたいというか、アルバムのリスニング中、ずっと音楽を聴かなくて良いんです。例えばタル・ベーラの映画を見ていると、子供が歩き始めると10分間くらい歩き続けている。じゃがいもを食べ始めるとずっと食べてるし」
 
 
―― タル・ベーラは長回しが特徴ですからね。その間、観客はストーリーを追うことを忘れて登場人物の動きを観察する。
 
「そう、ただ何かを見てる。音楽ってすごく説明的でしょ? イントロがあってブリッジ、そして、サビみたいに展開していく。そういうのを聴き手が意識せずに、音楽ではなく、ただ音を聞くだけの瞬間を曲に入れたかったんです。これまでアンビエント・ミュージックを作ってきて培った手法で」
 
 
―― その一方で、「ア・ローズ・イズ・ア・ローズ・イズ・ア・ローズ」はアシッド・フォークっぽい曲で、ここにも惣一朗さんの音楽的嗜好が反映されていますね。
 
「ニック・ドレイクとかヴァシュティ・バニアンとかリンダ・パーハックスとか、この曲には長年聴いて来たアシッド・フォークのノウハウがモロに出てます(笑)。最初、この曲はアルバムの1曲目に考えていたんですけど、パンデミックの間に考え直したんです。いきなり歌で始まるより、まず〈物語の扉〉みたいな曲を置いて、聴き手をアルバムに誘ってあげたほうが良いんじゃないかって。日々の現実が重いからワンクションあったほうがアルバムに入りやすい気がして」
 
 

<ワルスタ35周年を迎えた2020年、パンデミックがアルバムに与えた影響>

 

―― アルバムはパンデミックの前、2019年の秋頃から制作を始めたそうですが、パンデミックはアルバムにどんな影響を与えましたか?
 
「アルバムが8割がたできた時、2020年の春に緊急事態宣言が出たんです。それで作業が止まってしまって、5月に発売予定だったのが11月に延期になりました。そこで突然できた時間を使ってアルバムを作り直したりしていくなかで、追加レコーディングしたのが〈ステラ〉だったんです。その時の心情を反映させた曲を入れたいと思って。だから、このアルバムにはパンデミック前の曲と渦中の曲が混ざり合っているんです」
 
 
―― パンデミックの中でどんなことを感じていました?
 
「アップでもダウンでもない、ポジティヴにもネガティヴにもなれない感じでしたね。ちょっとしたことでも希望が持てればポジティヴになれるけど、日々、感染者の数を聞いて気持ちが落ち込んだり。一日の中でも気分のアップダウンが激しいから、無意識のうちにどっちつかずのふわふわした状態に自分を保っておこうとしていました。それは今でも続いています」
 
 
―― そういう微妙な空気はアルバムにも漂っていますね。そんななか、「ルミア」は祝福感を感じさせる曲です。薄暗がりの中でぱっと輝いているような。
 
「今回のアルバムはデビュー35周年ということもあるので、祝福感がある曲を1曲は入れておきたいと思っていました。この曲はコロナ前、2019年にベトナムに行ったことがきっかけになって出来た曲なんですけど、ベトナムの街って昭和30年代くらいの日本に似ているんです。つまり、自分が子供の頃に見た風景に。それでタイムスリップしたみたいな気持ちになって、そこで感じたことを歌にしたんです」
 
 
―― ベトナムで人生の原風景を見たわけですね。自分の人生、パンデミックな世界。いろんな要素が詰まった作品ですが、CDブックという凝った仕様にしたのはどうしてですか?
 
「文章で書きたいことがいろいろあったので、最初からCDブックにしようと思っていました。当然、商品そのものの値段は上がってしまうけど、なるべく抑えられるように、表紙を折ったり、そこにブックレットを貼り付けたりする最後の仕上げは僕とスタッフでやったんです。初回分は500枚。それが売れたら、またみんなで集まってやる。もう、プラスチックのケースには戻りたくないし、当分サブスクにあげるつもりはないんです。このアルバムは最初から飛ばさすに聴いて欲しいし、ブックレットの原稿を読んで、横山(雄)君の絵も見てもらわないと困るので」
 
 

 
 
―― 実際に手にとって聴いて、そして、読んで欲しい?
 
「そうです。クラシックなんだけど、僕は電子書籍がだめなんです。ディスプレイで本を読むのが耐えられない。本を買って、紙を触って、匂いを嗅いだりして読むことで自分の体験になっていく。音楽もそうだと思います。サブスクで音源だけ聴いても体験として残らない気がして。それにサブスクを聴いてる人って、気に入らない曲をどんどん飛ばすじゃないですか。そうすることで、大切なものが削がれている気がするんです。アルバムって情報じゃない、のんびりとした旅のようなもの。退屈だなっていう時間も決して無駄じゃなくて、そこで感じることも重要だと思うんですよね」
 
 
―― そうですね、自分の好きなものだけで世界を固めていくと発見がなくなってしまう。
 
「今のポップスって、1曲の中にイケイケな情報がぎゅうぎゅうに詰まってる。これでもか!っていうくらい飽きない要素が入ってる。どの曲もすごく良く出来ているんだけど、僕は退屈も好きだから曲に余白がないと厳しい」
 
 
―― そういう常に刺激を与える密度の高い曲ばかりアルバムに並んでいると、息苦しくなってしまう気がしますね。
 
「僕は曲を聴きながら呼吸をして欲しい。だから曲が途中で止まったりする。そういう余白を、このアルバムにいっぱい入れたかったんです」
 
 
―― 余白が想像力を刺激したり、そこに流れる時間を感じさせたりするのかもしれませんね。そして、それがアルバムに物語を生み出していく。
 
「マスクもしてるし、毎日、息苦しい、それで息苦しい毎日が続く中で、みんな何かに対して怒ってるでしょ?でも、そこで、音楽の前で黙って自分と向き合うというのも積極的な行為じゃないかと思っていて。静寂や余白の大切さを、このアルバムを聴いてくれた人が感じてくれたら良いなって思ってます」
 
 
おわり

 
 

 
 

ワールドスタンダード
“色彩音楽”

品番:SLIP-8509
発売日:2020年11月28日
税込価格:3,850円(税抜3,500円)
JAN:4532813735108
レーベル:Stella
 
■製品仕様:40ページ中綴じ冊子+CD
■サイズ:B4変形(208 × 182mm)