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09/30 UP!


lampse.
http://www.lampse.com

 聴くほどにノイズ・ミュージックって、ジャズが歪んでエレクトロニカへと変化する途中の産物のような音楽なんだと思う。音なのかリズムなのかはっきりしないその中途半端さも他のジャンルにはない魅力の一つだし、さらに、主張したい事を曖昧にごまかしつつも、じわじわと核心に向かってアプローチを進めていくところもまたいい。ジャズもエレクトロニカも好きな私にとって、ノイズ・ミュージックはその中間に位置する丁度いい音楽なのだ。音とリズムの解体と構築、その絶妙なバランス。
 で、本題。スウェーデン生まれでノルウェー在住、若きenavomiのデビュー作となる今回の作品。これは先に述べたノイズ・ミュージックに属する音楽だ。個人的な北欧びいきという点を抜きにしても、ノイズ好きなのでもちろん好きな音。けれど、作品自体はちょっとインパクトが弱い。沢山の楽器を使いこなし、作品を作り上げているにも関わらず、音からはまだ彼が若くて何か自分の作りたい音楽を模索している、あるいは迷っている最中に出来上がったかのような吹っ切れない印象を受けてしまう。(吹っ切れると同国のアーティストJazzkammerとかになる)例えばオープニングのサックス、もしくはまるで尺八のようなしわがれた延々と続く音は、次第に人の声へと変化し、少しだけ嫌な後味を残す。そこからいろんなアプローチが展開されていくのだけれど、作品上で音を試しているような、悪く言うと、ちょっと悪ふざけして遊んでいるような、そんな軽い印象を受けるのだ。実際、ギャグのように軽快なメロディーが後半に盛り込まれている箇所もあったりするのでなおさら軽さが強調されてしまう。残念。
 ノイズはもっととびきりわがままな音楽でいいと思う。そのギリギリ限界の不協和音に、リスナーはひどく強迫観念を覚えながらも聴きつづけ、そこから開放された時の余韻はクラシックやオーケストラの素晴らしい演奏を聴いた後の感動にも勝るとも劣らない。そのぐらいノイズ・ミュージックというものは、人を引きつける独自のジャンルなんだと私は思っている。もっと吹っ切れた次回作に期待したい。なので60点。
(本多千鶴)




09/28 UP!


moteer
http://www.moteerrecords.co.uk/

 「sarah alice」、「miles, sean and bodie」、「andrew and lynsey」、「darren」、「nicola」・・・というふうに、それぞれの曲のタイトルに人の名前が冠せられているのを見て、ぼくは即座にマイケル・ナイマンによる、『ひかりのまち』という映画のサウンドトラックを思い出した。ロンドンに住む人たちの日常が、手持ち16mmカメラによってたんたんと、ドキュメンタリータッチで描かれた群像劇であるマイケル・ウィンターボトムが監督したこの映画のサントラもまた、それぞれ登場人物の名前が曲のタイトルとなっていた。ナイマンはあるひとつのメロディーを基調として、しっとりと、時にエモーショナルに、それぞれのキャラクターにテーマソングを捧げるようにして完璧なアンサンブルを奏でた(個人的にはあれほど美しい音楽はないと思っている)。
 the boatsのふたりもそれと同じようなことをしようとしたことは、アルバム・タイトルからも感じられるし、ナイマンのこの作品を参照にしていることは、同様に同じメロディーが何度も出てくることからも推測できるし、しかもご丁寧にも「darren」という曲は『ひかりのまち』のなかの1曲と同じタイトルだ。極めて安らかで愛らしいピアノの音色は、言うまでもなく「ぼく」や「あなた」のために捧げられたものだ。決して派手さはないけど、こんなささやかなプレゼントこそが最も心に届くんだろうな。この秋、大切な人へのプレゼントに最適すぎる1枚。ちょっとキザすぎるかな?(SIN)




09/21 UP!


spekk
http://www.spekk.net/

 待ちに待ったspekkのコンピがここに登場。「待った」というのは、私が音響分野でコンピを重要視しているという事情と、もう結構前からこの作品のアナウンスを聞いていたような気がするという二つの理由による。後者は私の思い違いかも分からないが、少なくとも、本作が2年以上かけてじっくり作られたものであるのは事実だ。さて、図らずもtaylor deupreeとstephan mathieuがそれぞれの楽曲を自らの愛息に捧げている事は、これだけで本作の大切なポイントの一端を物語っているかもしれない。というのは、実際音を聴いて思い浮かべたのが、安眠とか胎教とかいう言葉だったから。とても安らかな作品である。明確なテーマが元々別に掲げられていた訳だが、本作は、そこから進んで、「こども」に向かっているところがあると思う。深層の原初的な記憶を指すのか、感性の無垢を指すのか、可愛らしい生き物を指すのかはともかくとして、エレクトロニカはしばしば目標に「こども」を想定してきた。チャイルディスクは言うに及ばず、具体的には、「こども」コンピが幾つか作られているのはこの方面の特性だし、潜在的にも志向してきたと思うが、それは、他の音楽と違ってこども向けに親しみ易い楽曲を作るというのではなく、作る側が理想としてこどもを夢見てきたという事だ。アーティスト達は擬声語を思わせるような音を選び取る、赤ちゃんがそれを聴いて上げる一声を想起したかのように。そう言えば、赤子は音として言葉を覚えていくものだった。本作を聴いたら、どんな声を発するだろう。これはつまり、認知の過程なのかもしれない。《小さなメロディー》というテーマは、言うなれば、それが宿るものの存在を知る試みのようで、かつて目に映るものの名前を一つ一つ記憶していったように、私達は今度はそれが発する音で、存在を覚えようとするかもしれない。余談だが、私は、音を物理的に扱う研究者諸氏に、エレクトロニカをサンプルに使ってほしいと思う。モーツァルトが胎教にいいとか、ショパンを聴くとα波が云々とか言う前に、音楽としてはベーシックな構造を持ち、注意を喚起するアラーミングな音が用いられるこの手のサウンドで、音の身体への影響や効果をまず分析してみてほしい。あと、飛躍っぽい文になってしまったので、最後に普通に内容について。メロディーという事で耳につくのはfenton。「今度、一緒に星を見に行きませんか。ダメ? じゃあ虫の音でも聞きに……」って感じのステキな作品。(中澤始)




09/16 UP!


music fellowship
http://www.musicfellowship.com/

 ひと頃のシカゴを中心としたポストロック・ムーブメントは一体なんだったんだろうと考える事が最近多い。ポストロックとはポスト(その後)という言葉がしめすような、ロックの発展系ではなく、ロックを今までは違った面から切り取ってみせたというのが今の一般的な解釈だと思う。しかし、ここで僕が強調しておきたいのは、それはリスニング体験から、つまり聞く立場からの発見であったという事だ。
 今回紹介する『arco flute foundation』の4作目のアルバムは、アヴァンロックとポストロックの掛け橋というような紹介をされていて、確かに聞いてみるとそんな感じなのだが、このインプロの余地を大いに残したリヴァーブとディストーションギターの渦の中で、演奏する立場からの解答のようなもの感じた。ただ演奏者が気持ちいいだけじゃ、聞く者が満足できる訳では当然ないのだが、演奏者が気持ちよくやってるなーという、スタジオの雰囲気、生々しさみたいのモノがこのCDのリアルティと存在価値を高めている。ポストロックや音響界隈はどんどんスタイリッシュに洗練されて行くなかで創造のエネルギーが減ってきた作品が多いと言われるが最近はこのアルバムのような、雑菌だらけだけどカッコイイみたいな流れがまた出てきてこれは正直に好まれる状況だと思う。
 そしてもう一つ注目しておきたいのはドラムスとそのミックス方法。あきらかにトータスのドラミングを意識したフィルインで、突っ込み気味のリズムの取り方はマイス・パレードのアダムピアーズを思わせる。ここまで情熱的なドラムはほんとに聞いていて気持ちがいい。ミックスではそのドラムはっきりとした輪郭で全面に押し出し、その後ろで壮大なギターがサイケデリアを描いている。バランスより気持ちよさを全面に出したミックスとも言えるだろう。収録曲もインプロを押し出したアヴァンロックや、ドローン、スティーブ・ライヒ風のミニマルミュージックから、カチッとメロディが決まった曲まで幅が広い。そのあたりもこのバンドの魅力の一つだろう。(畠山地平)




09/14 UP!


silentes
http://www.silentes.net/

 全国のベーチャン/チェイン・リアクション愛好家、とりわけ、「いまだに夏は『rhythm & sound』で避暑を満喫するのよいや夏じゃなくても聴くんだけどね」という皆様、お待たせしました、すごいアイテムの登場です。モワモワドロドロズブズブなダビーミニマル。もろベーチャンです。そう言うからには……という事で本家と聴き比べてみましたが、やっぱりもろベーチャンです。もしかしたらベーチャンよりベーチャンぽいかもしれません。ベーチャンよりベーチャンが求められた音をやっているかもしれません。ベーチャンよりベーチャン度を量る際の指標にしてほしい感じです。そろそろくどいですか。一応リイシュー的な意味合いがあり、本作は、デトロイトのrod modellが彼のdeepchordからリリースし、既に廃盤化してカルト的な人気を集めていたらしい12"から纏めたもの。echochordというレーベルもあってややこしいですが(しばらく混同してた)、rodはこっちからもリリースしていて、二つのレーベルは名前だけでなくカラーも似通ってたりします。でもこうして再び日の目をみる機会を設けてくれた伊silentesには感謝したい。もっと注目されてほしいと思う気持ちは勿論あるけれど、そうでなくても連綿と続いていってほしい、追っかけるから。
 それにしても地味だー。でもこういうのって、どれだけ地味かっていうのが、作品の深さとか徹底度を示す尺度になるところもあるじゃないすか、ねぇか、まあいいや。ああこのまま、深〜いリヴァーブの揺らぎのまにまに埋もれてしまいたい……。(中澤始)




09/08 UP!


12k
http://www.12k.com/

 再生環境の話。作品のレビューを書く場合、努めて音源を幾つかの方法で聴くようにしている。毎度やるのは、ヘッドフォン聴取とスピーカーを通したリスニングの二つで、スピーカーの方は、基本で用いるものとは別に幾つかあり、要に応じて使用する。なんだオーディオ自慢かよじゃなきゃ苦労自慢かよ、と思われそうだが、機器は簡易再生環境と言えそうに安価だし、例えばサンプルテープだと聴き漏らす音があるなんて話が昔からあって(この欄で書いてるものはテープではない)、作品の美点も分からずレビューなぞできるか、というようなレビュワー根性でない事もないけれど、どちらかというと環境で聴こえ方が変わって面白い思いをした体験がそうさせているのである。ここに、ピッチを変えるとか低音をブーストするとかミックスするとかいうDJ手法/誤用が加わると、レビュワー根性だろうと物好きだろうと、カバーする聴き方は飛躍的に増す。まあ作品レビューという形式は、基本的に再現可能である事を担保に成立しているので、ある作品の魅力を最大に引き出す環境があっても、その魅力の重要性と環境の再現能とを鑑みて、どこかで見切りをつける事になるのだけれど。
さて、12kから、マイクロサウンド界のつわもの二者の共作。この手の音は、ホームシアター用のサウンドシステムで聴くようになって面白さが倍増した。色んな方向から飛んでくる音に恍惚し、サブベースが香ってくるウーファーの穴に耳を近づけて唸り、はぜるようなプチプチの快感は身体的というか科学的というか、神経系の信号と干渉しそうだなあとか想像したりしている。途中、昔聴いたフレーズが出てきたように思って、bretschneiderの過去の作品を聴き直した。それは見つからなかったが、彼の作品の良さを改めて実感した。やっぱりリズムが絡むのが絶品。(中澤始)




09/05 UP!


jagjaguwar
http://www.jagjaguwar.com/

 いつだって、天才はちょっとした驚きをともなって現れる。グラスゴーの才人リチャード・ヤングスの膨大な作品群にまた一つ素晴らしいアルバムが加わった。ソロアルバムとしても、「JAGJAGUWAR」から7作目、その他、サイモン・ウィッカム・スミス、ブライアン・ラヴェルや最近では河端一とのコラボレーション等、数々の作品がある。音楽的にも、即興音楽から、実験音楽、静謐なミニマルミュージック等幅が広い。
 しかし、リチャード・ヤングスのイメージを決定付けたのは名作『Saphie』ではないだろうか。愛犬の死を悼むために作られたというそのアルバムはクラシカルギターでの弾き語り、しかもオーバーダブ一切なしという大胆な制作方法にもかかわらず、微かに震えながら歌われる祈るような声と、ミニマルなクラシカルギターによって神聖とすら呼べてしまいそうなある種の特別な輝きをもったアルバムだった。
 さて今作は前作 『Airs Of The Ear』で、静寂かつミニマルな作風から離れた延長線上にあると思われる。無理やり言葉にしてしまうと、エレクトロ・アシッド・フォークとでも呼べるだろうか。リチャード・ヤングスのアルバムには明確なコンセプトが常に存在していて、今作ではエレクトリックベースがコンセプトになっている。編集にはコンピュターを使用し、初のヴォーカルのオーバーダブ、本人によるコーラスを聴く事が出来る。手法的にはフレーズの繰り返しによるミニマルニュージックのフォーマットが土台になっており、音の抜き差しで構成を作っている。5曲入りだが最後の曲だけが約16分と長尺で、その他は3分〜9分と短い。コンセプトのベースにワウを掛けたものが多いのも今回の特徴だ。フリーフォームのパーカションが入っている曲もあり、これも大いに雰囲気作りに貢献している。全体的にはタイトルからも窺えるよ
うに、土着の宗教の儀式を思わせる。
 リチャード・ヤングスの歌声はもちろん今作も素晴らしい。祈りにも似た切迫感は健在で、楽曲の核、聴きどころはヴォーカルにあると言っていいだろう。とにかく、何度でも聴くことにより、どんどん気持ちよくなって行くというのが、リチャード・ヤングスの音楽の不思議な所だ。そして何よりも素晴らしいのはこの人の飽くなき創作意欲、さらにリリース事に明確なコンセプトがあり、その全てが名作である事。きっと、ほとんど遊びもせずに自分の部屋にこもって音楽作りに没頭しているのだろう。真にリスペクトすべき音楽家の一人と言える。最後にこの作品を聴いて、興味深く思ったのは、音楽シーンと彼の距離。おりしも静寂系全盛期の頃に『Saphie』は注目を集めた訳だが、他の作品とはリンクしつつも明確に異なる方向性が存在した。そして今もフィンランドや、アメリカのフォーク、サイケデリック系に注目が集まっている、アシッド・フォークでありつつも独自の世界、リチャード・ヤングスの世界を形作っている。この時代との距離がまったく変わらないのも、また驚嘆に値する。(畠山地平)







SIN
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p*dis BUYER
中澤始
音楽ライター。
見切り発車でフリーに。見切り過ぎだよトホホ…。
書きます。仕事ください。
本多千鶴
1974年生まれ、山形県出身。音楽ライターを志す栄養士。
「KITTEN」「ミュージクマガジン」誌などで書いています。
小野寺徹
音楽ライター。時折MM誌にレビューを書いてます。理屈よりも音で伝わるような音楽を言葉で伝えるのに苦心しています。
TH
1975年千葉県生まれ、杉並区在住 メールはこちら
オオキサエリ
1983年生まれ 
東京都在住
インディーズレーベルでのアルバイト経験有
音楽ライターを目指して頑張っています!HP→
畠山地平
電子音楽ユニットvalyushkaとソロで音楽活動をしている。
その他現在はライブイベント、「radical mute geek」の運営等。HP→
筒井真佐人
駆け出しライター。traksyなどでもライター活動をしている。Dance and Media Japanでmax/mspのワークショップを行なう。またレーベル「ONZO」にも所属し、パフォーマンスイベントの主催など行なう。
高橋潤
kitten、MAG FOR EARS等に書かせてもらっています。
http://d.hatena.ne.jp/zu-hause/
ユキシュンスケ
バンド、ソロにて都内で音楽活動をしています。
ときに映像の音楽なども手がけながら精力的に活動中。
その他、ライブイベント「childlike tree」の運営など。
http://yukai.jp/~nowhere/
大崎暢平
hueレーベル専属レビュワー。お叱りのメールはhueではなく、こちらへ。
mondii
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