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07/28 UP!


the worker's institute
http://www.workersinstitute.com

 アイスランドの女性ストリングス・カルテット、aminaのデビューEP。唐突だけれど、この作品は環境音楽だと思う。“癒す・癒される”のヒーリング・ミュージックとはちょっとニュアンスが違う、森や大地、空気など、自然そのものと存在が似ているという意味での環境音楽。
 アイスランドは、北欧の他のヨーロッパと地続きの4ヶ国と違い、孤島のような国だから、それ故に未知なるものを多く持つ神秘的なイメージが強い。そして、国自体に抱くイメージと、その土地が育んだ音楽の魅力は多くの共通点を持っている。例えば、アイスランドを代表するアーティスト、ビョーク、ムーム、そして彼女達が長年コラボレーションを行っているシガー・ロスなどは、サウンド面に強い個性を持つアーティストであり、そのたたずまいも相俟ってか、深い森に住む妖精を思わせる。それぞれインパクトがあり、何をしでかすかわからない驚きと発見に満ちた音楽を作り出している。
 aminaの音楽は、彼らのような妖精たちを優しく包み込んでしまう。驚きや強いインパクトを持つ代わりに、広くて深い包容力を持っている。そういったところからも、妖精と彼らが住む森が密接な関係にあるように、シガー・ロスと彼女達が長年活動を共にして来たことは、必然の結果であると思うのだ。
 今回のEPはたった4曲だけれど、それは物語における起承転結や、季節でいう春夏秋冬のように、変化する過程をも十分楽しむ事ができる構成になっている。美しいストリングスは、アイスランドの広大な自然を思わせ、また、キーキーと軋むように弾き鳴らされるヴァイオリンの音色からは、どこか物悲しく、冬の冷たい空気やいてつく寒さを目の前に思い浮かべることができる。その上を転がるメロディーは、まるできらきらとまたたいて落ちる雪の結晶のようで、日本に居ながらにして私たちは、まだ行ったことのない彼女達の住む国を感じることができるのだ。
 フジ・ロックまであと数日。来日するシガー・ロスのステージで彼女達のパフォーマンスを見ることができる。蒸し暑い日本の夏に、彼女達が冷たく美しい風を運んでくれるに違いない。(本多千鶴)





07/26 UP!


staalplaat
http://www.staalplaat.com/

 日本が世界に誇る自作シンセサイザーデュオnerve net noiseの5枚目のフル・アルバムが、アムステルダムからベルリンに居を移したstaalplaatから長らくのアナウンスを経てようやく到着。ギラギラなスリーブが封入されたパッケージ(ジュエルケース自体も特殊仕様)にまず目を奪われる。kumaxの手による、MIDIはおろかシーケンサーすら付いておらず、さらになんと電池駆動のため動作が不安定だというマシンを走らせ、ライブでは出音の良さで他を圧倒する彼らは、オランダの電子音楽シーンと通じるぶっきらぼうさと、goemやpan sonicにはないユーモアを兼ね備えた希有な存在。2000年の夏に初めて彼らのライブを観た時に、愛嬌溢れるルックスのマシンからは想像できないその音圧に度胆を抜かれたことを覚えている。
 zero gravityからファースト・アルバムとなる"this island earth"がリリースされたのが1997年のこと。ソロとしてもラップトップを使ってのライブ・パフォーマンスを頻繁に行い、nerve net noiseではミックスも受持つtagomagoのレーベルpearl recordsからひっそりとリリースされた"chamber music for factory"は、抑制された電子音と物音が驚くべき精度で絡み合う秀作である。memeからは、一切手を加えずに録音したというトラックのbpmをタイトルに冠したアルバム"160/240"がリリースされており、2002年の"meteor circuit"(ボストンのintransitiveより)に続く本作"radio life"は、制作に相当の時間を要したと思われる渾身の12トラックを収録。これまでの作品よりもコンポーズとトリートメントに焦点が当てられ、極めてタイトな仕上りとなっており、どのトラックも完成度が高い。自作のデバイスを操る電子音楽は数あれど、「制御する面白さ」と「制御できない面白さ」という電子楽器を扱うふたつの醍醐味の間を行き来することの喜びを、その作品でここまで直截に表現できるアーティストが他にいるだろうか。(TH)





07/22 UP!


dekorder
http://www.dekorder.de/

 遅ればせながら、今年は「日本におけるドイツ」、ドイツイヤーということで、この作品。ドイツのエレクトロニカ・レーベルdekorderからリリースされた2アーティストの3インチCDのセットで、昨年も同じような形でリリースされたその第二弾。voksの作品も魅力的ではあるけれど、個人的にuncaddie...の作品に注目したい。彼の作品はリリースを重ねるごとにどんどん音数が減り、「聴かせる曲」としての精度が、いい意味で低くなっているような気がする。つまり聴く側は、好きだけど一体どこが「いい・悪い」とか「わかる・わからない」といった判断にちょっと困ってしまうのだ。
 今回も4枚目のアルバムから続いているアフリカの民俗楽器などの原始的な音を多く用い、電子音楽という位置づけからは遠いところにある(実際はそのものなんだけれど)、自然体という言葉がぴたり当てはまるような作品がほとんど。普通一般の音楽作品に見られるような、明確な音の起伏や盛り上がりなどはあまり感じられず、何というか全体的に頼りなくしょぼしょぼしている。楽器の音色がそうさせるように、まるで心音と響きあうかのようにゆったりとした音とリズムの交錯が続いていく。それは心地よさを覚える反面、ちょっと不気味さを感じさせる怪しげな旋律が時折現れ、居心地の悪さを感じさせる要素も持っていたりする。子供が笑っていたかと思えば急に泣いたりするように、音はコロコロと表情を変え、その度私に「さっき、あんな風に仕上げてみたけど、この曲はどう?」とでも問いかけてくるようだ。その曖昧でとらえどころのない音のユニークさが、最初に挙げた疑問の根源であり、彼の作品を好きだと感じる理由なのだろう。
 そんな音楽の疑問に白黒つけようとすること自体、無意味なことなのかもしれない。聴きたいか、聴きたくないか、惹かれるか、惹かれないか、感じるままにただそれだけ。作品をおうごとに自然と一体化しつつある彼の音楽は、そんな当たり前で単純なことを私に教えてくれているようだ。(本多千鶴)




07/20 UP!


shadowarchives
http://shadowanimals.com/

 個人的にベルギーといえば、シーフォとアンソールなのだけど、それは今回は関係ない。人によってはベルギービールだったり、あるいは最近はショコラ・ブームなので、ゴディバやデルレイやピエール・マルコリーニといった名前も多く挙がりそうだけど、それも今回は関係ない。そんなの人それぞれなので、ベルギーといえばshadowanimals、なんて奇特な人が1000人中1人ぐらいはいたっていいと思う。お隣のフランスに比べると、あまり脚光を浴びることはないかもしれないが、ベルギーはかなり歴史的な国で、アートもさかんなこの国に根付いた音楽は人口のわりにはかなり雑多だと言える。たとえば、u-coverとsubrosaとshadowanimalsが混在するこの国の音楽は、だからこそおもしろい。アンチコンが世界中に蒔いた種を最も理想的に咲かせたと言えるshadowanimalsというアンダーグラウンド集団は、同じ志を持ってはいるものの、そこにあまりチームワークは感じられない。みんな好き勝手やっている。いくつかユニットがあるが、リーダー格のsiazことtom(彼はcavemen speakのほか、the world after 4/02とgunpornというユニットの一員でもある)がなんとかまとめているようなかんじだ。そんなマイペースさや、ゆるさはカナディアン・ヒップホップの連中にも似ていて、むしろある意味それ以上であり、そこが何より魅力的でもあるのだ。
 中心的なユニットであるcavemen speakは、siazと、彼とともにgunpornでも活動するthe homesick nomad、そしてdan&the idiotの3人からなる。すでに5枚目となる本作は、ポストロック的なプロダクションがすでにアンチコンの名を忘れさせるほどのクオリティーを有し、何より3人の個性豊かなMCだったり、うただったりが実に瑞々しい表情を見せてくれる。特にthe homesick nomaddの存在感が際立つ。shadowanimalsのほかのユニットに参加しているbleubirdやスウェーデンのstacs of staminaのmarcusはともかく、カナダからepicとjosh martinezが参加しているのも注目。どういうつながりなのかが気になるが、聴くところによると、どうやらsiazの熱心なアプローチの結果のようだ。カナダとベルギー。このかなり共通点がありながら、まったく違うふたつの国がつながっているということもきっと必然なのだろう。今後もより多くのコラボレーションが生まれることが容易に想像できるし、アンチコンの影響云々、ルーツ云々といった話を忘れさせるだけの傑作の誕生を最も予感させるナードヒップホップの傑作。(SIN)




07/15 UP!


lampse.
http://lampse.com/releases.htm

 今はそうでもないんだけど、前に「+81」ていうデザイン誌を定期購読してまして。時々音楽関連プロダクトのデザインが取り上げられるのがなかなか魅力的だったんです。hydrogen dukebox(以下hd)のジャケワークは、プラスティックなキレイ系というかロマンティックが止まらないというか……えーっと、ま、なんだ、そんな感じのソフィスティケーションがステキだけど、それを手がけるyacht associatesがその「+81」のvol.7でフィーチュアされてて。この人達が、ブラーの『パークライフ』とかバーナード・バトラーの2ndとか、古いけど見ればすぐ分かるような仕事もしてたのをそこで知りました。でもそれらのメジャー仕事と比べても、一連のhdリリースのデザインはとりわけクールで、その一貫性が強烈にレーベルをイメージづけている
ように思います。というのは、そうでなきゃnacht plankなんてなんで覚えてるだろと思ったから。これはmetamaticsやnorkenとして知られるlee norrisの別名義な訳だけど、そんなにリリースがないっていうか本作の前に一作しか出てないんです(cdrが出てますが)。その2003年hd作『lost and damaged』は何故かいきなりリミックス作で、本作に元トラックらしきものが収められてたりします。感じとして、彼の他作と比べて一番近いのはtone languageかな。ノンビートで割とエクスペリメンタルな作風ですが、すごい気持ちいいっす。ちなみに上に触れたcdrの一つを出してるのがstaalplaat傘下のmicrowaveなんですが、デザインはhdよかそっち寄りっぽいね。あ、あと、andreas tillianderがマスタリングしてます。(中澤始)




07/14 UP!


plop
http://www.inpartmaint.com/plop

 情緒的、じゃあ、ないんだよなあとしみじみ。新たな名義の設定、タイトルの語感、自身のラフなイラストを配したジャケ、「僕はポップソングの始まりと終わりが大好きだ。その瞬間だけを使ってアルバムを一枚作ったらどうなるかいつも考えていた」というコメント。こうした点から推せる、このfenton出発作の方向性はズバリ、いやズバリも何もフォークトロニカって事なんじゃないの、となりそうなものなのだけれど、そして事前の期待も憂慮もその一点においてのみ生まれそうだけど、実際の内容はそうした予想の通りになっていない。ギターを使用してて幾らかソングの態を成している、とは確かに言えるかもしれない。でもどちらかと言うと、意匠は多少違えど、これはあの、というのはつまり我々の知るdan abramsが作ったものだと感じさせる事の方が大きく思える。フォークトロニカ、ひいてはポップ・ミュージックの最も重要な要素は詰まるところメロディであって、それがスウィートでもロンサムでも、とにかく情を叙するものだ。そうしたメロディに表れるセンシティヴィティを、それが過剰であろうと淡かろうと「ウェット」の一言で片付けられてしまうほどに、本作のサウンドはフラットなのである。ポストロックっぽいの?って訊かれて少し迷うのは、電子音がこの印象に大分寄与しているからかな。そして、ここに立ち昇ってくるものを「美」と呼ぶほかないと思う時、呼吸を忘れるようなそれに耳を奪われながら、私はそれが何物なのか考えるのだけれど、よく分からない。閑寂な森にこだまするかっこうの啼き声のようにきりりとした、あるいはそこに立ち篭める霞のように涼やかな、音のシャワーが降り注ぐ。これでこの夏はエアコン要らず、かな。(中澤始)




07/08 UP!


odd shaped case
http://www.oddshapedcase.com/

 素晴らしい作品であることは疑いようがない。これほど完成度の高いエレクトロニカ作品も滅多にないだろう。逆に隙がなさすぎて、どこにでも一定数いるはずのひねくれものの方々は、あるいはこの完璧さに辟易してしまうかもしれない、そんな嫌味すぎるぐらい洗練された作品。
 rfことryan francesconiは、米バークレイ在住のミュージシャン兼プログラマー兼メディア・アーティスト。彼の多岐に渡った興味は、実にさまざまなメソッドを自らに与え(コンピューター・テクノロジー、クラシカルな作曲、アニメーション、バルカン・ミュージック、写真、ヴィデオアート…)、しかしそのどれもが彼の表現欲を満たすことはなかったかのように感じられる。彼にとって、わびさびのような美の形は理解しがたいものなのかもしれない。見事なサウンド・デコレーションが魅力的な、極めて完璧主義者の仕事らしい2004年リリースの本作は、彼にとっての2ndであるが、その2年前に作られた1stとなんら変わることはない。それは成長の跡を確認できないという後ろ向きの印象よりは、最初から彼の仕事は完璧だったというほうがむしろ正しい。
 rfの作品は、エレクトロニカの方法論でできることそのおよそすべてをやろうとしているような印象を受ける。デジタル感覚とアコースティック感覚の絶妙なバランスでの拮抗と、マルチ・インストゥルメンタリストの本領発揮ともいうべき、チェロ、ギター、ヴァイオリン、トランペット、トロンボーンなどのさまざまな生楽器と、フィールドレコーディングや女性ヴォーカル、そしてデジタル・マニピュレーションなどの見事な配置による作り込まれたサウンド・デザイン。といっても、本人がすべてを行っているわけではなく、前作も本作も多くのゲスト・ミュージシャンを迎えて作られている。彼はコンダクターさながら、抜群のセンスと独自の美学で作品を構築する。それにしても、このエレガンスは一体なんだろう。華があるとはまさにこういうことなのだろうか。サウンドの粒のひとつひとつが高貴さと華やかさを備えているように響く。エレクトロニカと呼ばれる音楽を少しでも好きな人ならば、本作はおそらく間違いない。そう思い切って断言できてしまう数少ない名作の誕生。なお、秋には来日してライヴを行うことが決まっている。そして、注目の次作はplopからリリース予定。(SIN)




07/05 UP!


kohvirecordes
http://www.kohvirecords.ee/

 これはまた妙味を感じさせる作品の登場である。一応それなりに色々と目を配っているつもりなんですけどねぇ、こう知らないアーティストに驚かされてばかりいると、元々小さな自負心がガタガタですよ。まあ、割と新人って事で、これからですよこれから。taavi laatsitさん(えっと、なんてお読みすれば……)のgalaktlanは、cdrやmp3のフォーマットで既に作品が出ているようだが、本作が初CDアルバムとなる。先行シングルに収録されていた「laanetaguse」はかなり小粋で渋いが、本作のリード曲としてもってこいだったかもしれない。つまりこれは、いきなりクラシック入りしてしまいそうな良質アンビエント/ニューエイジ作品だ。この味わい深さ、一番は楽曲の練り上げ度の高さに由来していると思われ、私はtread=kaitoを思い出したりした。ジャケのフォトジェニックな桃源郷アートワークもそうだけど、タイトルも併せると、「彼の地の名はコンスタンス(永久不変)。音楽を愛する者達の夢の世界」みたいな感じでシアワセな気分に。それと、ジャムセッションで生まれたという「laanetaguse」なんか正にそうだけど、楽器演奏能力の裏付けがちゃんとあって楽曲が豊かになっている印象がある。多くは電子音で出来ているが、生演奏っぽいのもちりばめられてます。ラストで戯曲の一節めいたシアトリカルな歌が挿入されるのだけれど、う〜ん、これはいらないかなぁ。それにしてもこないだ買ったulmeplaadidの作品も良かったし、エストニアは一体どうなってしまってるんでしょ。このulmeplaadidとkohvirecordesは何人かのアーティストがかぶっているのだけれどtaavi laatsitもその一人。(中澤始)




07/01 UP!


ici d'ailleurs
http://www.icidailleurs.com/

 孤独と罪。絶望と苦痛、あるいは悲哀。third eye foundationことmatt elliottの音楽を表現するならそういった言葉こそが相応しい。彼の約2年ぶりとなる待望の新作が、フランスのici d'ailleursよりリリースされた。昨年、同レーベルのリミックス・シリーズ"OuMuPo"にthird eye foundation名義で参加。再び本名名義でのリリースとなる本作は、dominoからリリースされた前作"the mess we made"の延長線上にある。大部分の曲がヴォ−カル・トラックとなっており、ほとんどシンガー・ソングライターと言ってもいい佇まいで、matt elliottは自ら罪と死についてだけ歌う。
 movietone/manyfingersの盟友chris coleなどの助力を得てはいるものの、ありとあらゆる楽器を自分ひとりで操り、東欧の音楽のテイストを加えるなどして丁寧に作られた楽曲群には、やはり一切の光も照らされることはない。
 前作において、永遠に苦しみつづけないといけないという当然の覚悟、あるいは諦念を、圧倒的なコンセプトとサウンドで表現し、そして「苦しみの涯て」を示唆したように感じさせたmatt elliottは、「酔っぱらうための歌」というタイトルのひとつの悲しいオペラのような作品を作った。ブックレットのアートワークにはあらゆる酒のラベルが極めてコンセプチュアルにコラージュされているように、彼は酩酊することに救いを得ようとしているのだろうか。だとしたら、そこに救いなど一切ないことも本作は皮肉にも示唆している。なお、ジャケ写を含めたすべてのアートワークは、TEFの『little lost soul』と『I poo poo on your juju』同様、uncle vaniaが手がけているが、当然のように素晴らしい(こちらを参照)。
 聴くものの心を激しく揺さぶりつづけながら、混乱の音楽が鳴り進んだ末、突如響くtrack7"a waste of blood"における嘘のような安らかさに耳を疑うだろう。そのあまりの名曲ぶりには誰しも涙するかもしれない。酩酊の末に訪れた安らかな夢のようなこの曲においても、matt elliottはやはりこう歌う。「だから、ぼくらは死んだんだ」と。なるほど、見る夢はすべて悪夢なのだ。それは『little lost soul』におけるラスト曲”goddamit you've got to be kind”とは種類が違うものの、ここには同じようなあからさまなカタルシスがある。戦場にいることを自覚しているmatt elliottは、真実に嘘を塗り込めることで、皮肉っぽく聴くものを試そうとしているかのうようだ。ぼくの頬を伝う涙の意味は何だろう。この混沌にまみれた悲しい音楽に涙することが、まるで間違っていることであるかのように、matt elliottの声は無感情にも鳴り響いている。
 本作のラストには、前作の”the mess we made”を再構築した”the maid we missed”が20分にも渡って収録されているが、個人的には"a waste of blood"で終わって欲しかった。この曲が本作において最も重要なのは明らかなのだから・・・ただそれだけが残念。傑作であることは間違いないけれど。しかし、頭が混乱してとてつもなく暗い気持ちになるので、あまりおすすめはしない。音楽を聴いてここまで心揺さぶられることもおそらくないだろう。(SIN)



SIN
HUE LABEL A&R
p*dis BUYER
中澤始
音楽ライター。
見切り発車でフリーに。見切り過ぎだよトホホ…。
書きます。仕事ください。
本多千鶴
1974年生まれ、山形県出身。音楽ライターを志す栄養士。
「KITTEN」「ミュージクマガジン」誌などで書いています。
小野寺徹
音楽ライター。時折MM誌にレビューを書いてます。理屈よりも音で伝わるような音楽を言葉で伝えるのに苦心しています。
TH
1975年千葉県生まれ、杉並区在住 メールはこちら
オオキサエリ
1983年生まれ 
東京都在住
インディーズレーベルでのアルバイト経験有
音楽ライターを目指して頑張っています!HP→
畠山地平
電子音楽ユニットvalyushkaとソロで音楽活動をしている。
その他現在はライブイベント、「radical mute geek」の運営等。HP→
筒井真佐人
駆け出しライター。traksyなどでもライター活動をしている。Dance and Media Japanでmax/mspのワークショップを行なう。またレーベル「ONZO」にも所属し、パフォーマンスイベントの主催など行なう。
高橋潤
kitten、MAG FOR EARS等に書かせてもらっています。
http://d.hatena.ne.jp/zu-hause/
ユキシュンスケ
バンド、ソロにて都内で音楽活動をしています。
ときに映像の音楽なども手がけながら精力的に活動中。
その他、ライブイベント「childlike tree」の運営など。
http://yukai.jp/~nowhere/
大崎暢平
hueレーベル専属レビュワー。お叱りのメールはhueではなく、こちらへ。
mondii
PLOP LABEL A&R